Vision of life Mitra 12月
2024年9月末より始まった新講座ミットラ
「友達」という意味をもつ「ミットラ」という言葉がタイトルとなる
本邦初の約6ヶ月にわたるコースだ。
マスター・スダカーが、指導者としてではなく、
1人の「友達」として大切なことを伝えてくださる本講座。
このコースの初回では
「では、本当の“友達”とは?」
そんなお話から始まった。
それは、“自分が倒れる前に助けに来てくれる人なのだ”と。
友達がよくないことをしているとき
「あんなことをしていたら、きっと困るだろうな
よくないな」と思うと同時に
「指摘しづらいな」とか、「何て言えばいいだろうか」とも思ったりして
そのままにしてしまうこともある。
時間と労力を使い、嫌われるかもしれない、
伝わらないかもしれないリスクを背負って
それを友人に伝えることができるだろうか。
思いはあっても
また今度のタイミングにしようか
なんて言おう、
そんな風にもじもじ、ぐずぐずとしている間に
事態は悪い方に進むかもしれない。
そして、その友がいよいよ倒れたあとで
「あー、早く言えばよかった」
「注意してあげるべきだった」
「遅かった」
「申し訳なかった」と
反省したところで、あとのまつり。
間に合わなければ、
助けられないのだ。
ことが起きてから
「大変だから、たすけてあげよう」と
手をさしのべることは
それほど難しくないのかもしれない。
でも、悪いと気付きながら
勇気をもって止められる人こそが
真の友人なのだと。
はたして、そんな友は実際に何人自分にいると思えるだろうか?
そしてまた、自分はそんなふうに
人間関係を作っているだろうか?
振り返ることとなった。
また同時にその友達とは
外側に見出すだけでなく
自分の中に、そんな最高で最強の友を持てるのなら
ここから先何があったって怖くない。
真の友を自分内側に持つことができているか?
そんな気づきをもらった。
ひと月目の講座で、マスター・スダカーから
毎日毎朝行うと良い練習課題が伝えられた。
その課題は、複雑なものではないが、
ある程度の時間を必要とする。
それを早朝3:30に行うならば
100%の効能をえることができ、
4:30には半分に減り
5:30には30%になる、というように
タイミングによって得られる効能が変わることも伝えられた。
それを聞いた上で
何時になにをどれだけやるかは
個々人の選択に任された。
最後に、マスター・スダカーは、こうも付け加えた。
「大いに苦しんでください」と。
この言葉だけを切り取るなら
誤解を与えかねない。
でも、この講座のなかでよく考えて
この言葉を受け止めるならば
そこにあるのは愛情である。
課題が思うようにできなくて苦しく思う、
これは、ある意味とても贅沢だし
また、これは本当の苦しみでは、ないはず、だ。
実生活で窮地に陥っていたときの苦しさと比べるなら
例えば、安全な船の上で苦しんでいるようなものである。
海に落とされて
生死をかけた苦しみとは緊迫感も違う。
そこから数ヶ月経った
12月の講座のなかで
生徒がある質問をする。
あえて簡潔に書くのであれば
「ミットラの課題が原因で
日中眠くなってしまう。
どうしたらいいか?」と。
そう思うなら、やめてください、という
回答がやってくる。
そして、こう説明する。
それは、今、何も問題がない、ということだ。
本当に不調や問題を抱えているなら
このような質問には至らないはずだ、と。
その質問者への厳しい回答のように聞こえるが
一人一人がはっと身が引き締まる思いで聞いたことだろう。
ヨガの学びをどう捉えているか
その日常の姿勢もまた
ちょっとした所に現れてくる。
身に覚えがあって
恥ずかしい思いも、ある。
マスター・スダカーが
“マスター”として、ではなく
“親友として”、
語りかける講座であるからこそ
楽しくもあり
また胸に迫るものがある。
自分がなにを思うのか、
日常の自分を今一度
見直そうと思った
12月のミットラの講座であった。
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